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ブランドヒストリー

カミツレのもつ自然のちからをお届けしたい!
その思いから華密恋は誕生しました。

カミツレとの出会い、開発への思い

カミツレ研究所は1982年に、母体である相互印刷工芸株式会社の一部門として誕生しました。印刷会社がスキンケアブランドを立ち上げたのは、創業者である北條晴久と印刷のお客さまである農芸家との出会いがきっかけです。北條はハーブのちからに感銘を受け、天然成分のみでつくられた製品が、これからは求められると確信しました。
1945年に北條は帝国陸軍に入隊。戦地では隣にいた戦友が、機銃掃射で亡くなるのを目の当たりにしています。その経験から、「命を脅かすものは、全力をかけて排除しなければならない」という思いを強く持っていました。

日本は世界一の長寿国。けれど、食品や肌に直接つけるスキンケア製品に含まれている添加物や合成保存料が、将来、健康を害するかもしれないと危惧したのです。そこで、臨床薬学の権威・山田俊雄薬学博士からのアドバイスを得て、何千年も前から薬草として使われてきた、カミツレを原料とする製品の開発に着手。先人たちの知恵を、日本に復活させることを決心しました。

頑固一徹な創業者の願いをボトルに詰めて

創業者である北條晴久のカミツレと日本人への健康への想いは、娘である北條裕子が受け継いでいます。

創業者である北條晴久のカミツレと日本人への健康への想いは、娘である北條裕子が受け継いでいます。

「カミツレのすばらしいちからを、みなさまのお手元にお届けする最良の方法と製品は何か?」・・・・・・創業者である、北條晴久は試行錯誤を繰り返しました。その答えが華密恋の薬用入浴剤。化粧水や保湿クリームなど、さまざまなスキンケア製品があるけれど、お子さんからお年寄りまで、誰もが簡単にスキンケアできるのは、湯船に体を浸す入浴だと考えたからです。こうして、花だけではなく、全草を用いた国産カミツレ100%エキスが誕生しました。

もう一つ、北條がこだわったのが、原料であるカミツレの国内生産でした。当時は稲作の減反政策のまっただ中。「原料となるカミツレを稲の代わりに、あるいは、裏作で栽培していただけたら、お役に立てる」と願ったのです。発売当初は薬用入浴剤の販売が予想以上に不振で、大量の乾燥カミツレの在庫を抱えることになりました。それでも、「生産者とのお約束は必ず守る!」という、北條の意思は固く、すべてを買い取り続けました。時代とともに、華密恋が多くの方に支持されるようになり、薬用入浴剤は累計300万以上を販売。現在では、岐阜県大垣市と長野県北安曇郡池田町の21の生産者と契約し、栽培面積も490アールまで広がっています。
30年来の国産カミツレの効能とスキンケア製品の研究・開発は、北條晴久のライフワークです。「一番大切なことは命を育むこと。カミツレのもつ植物のちからですべての方の肌と健康を守りたい」という創業者の頑固一徹な想いは、カミツレ研究所の全員に受け継がれています。

カミツレ研究所では、「もっとカミツレエキスを含んだ製品がほしい」という要望にお応えし、石けんを始め、ラインナップを少しずつ増やしてまいりました。これからも、お客さまからの声を感謝とともに真摯に受け止め、ご満足いただける製品づくりのために、努力を重ねていきます。